Books

2007年8月18日 (土)

『いつまでもデブと思うなよ』

衝撃といってよい。「あの」岡田斗司夫氏のことなのですが、怪作「『世界征服』は可能か?」を出版した際に目にしたふと目にした動画ファイルが、明らかに、私の知る岡田斗司夫氏ではなかったのです。

そう、同姓同名の別人かと思えるほどに、痩せていた。これは一体何が起こったのか、私はこの事態に対する処し方を知らない、人は想像を超える知覚には言葉を失うものだとまざまざと不意打ちをされたのだと自分を納得させつつ、どこかでニュー岡田斗司夫さんを拒絶するでもなくごく自然なものとして認知し得ない錯誤に陥ったというほかのない状態になっていたのだろうと、今になって、やっと得心がいった、と私は思おうとしている、と自己説得するに足る書を手にしています。

そう、それが『いつまでもデブと思うなよ』です。新聞広告等でご覧になっているかとは思いますが、確かに大幅なダイエットに岡田斗司夫さんは成功したようです。それも50kg!117kg→67kgとは!!!

しかし、岡田節は冴えており、説得的かつ、2007年の日本社会で生きることに関する啓蒙書でもあり、ダイエット本としての切り口も鋭利です。

「学歴重視の時代は終わった、これからは見た目重視時代だ」との言葉がオタキング・岡田斗司夫さんによって刻まれるとは・・・一億層中流社会から希望格差社会へ、横並びから格差へ、未曾有の体験をしている日本人に向けて、明示的かつ確かな視点を示すものであり、それを、徒に不安を煽るでもなく、闇雲に癒しに走るでもなく、ひとつの処し方を「デブで得をすることは何もない」という、悲壮感でも諦観でもなく、かつダイエットする自分を体験できる稀有な書といえます。

これは凡百の脳トレなりコミュニケーションスキルなり資産運用を凌ぐ、「確かな事実」のあっけない提示であり、オタクというライフスタイルのあり方に対しても、それが社会化されていく過程における、体験の書、告白の書であり、それが岡田斗司夫さんによって成し遂げられてしまったという事態に、私は、ただただ呆然とするほかないのです。良書です。

T.D.

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『いつまでもデブと思うなよ』

衝撃といってよい。「あの」岡田斗司夫氏のことなのですが、怪作「『世界征服』は可能か?」を出版した際に目にしたふと目にした動画ファイルが、明らかに、私の知る岡田斗司夫氏ではなかったのです。

そう、同姓同名の別人かと思えるほどに、痩せていた。これは一体何が起こったのか、私はこの事態に対する処し方を知らない、人は想像を超える知覚には言葉を失うものだとまざまざと不意打ちをされたのだと自分を納得させつつ、どこかでニュー岡田斗司夫さんを拒絶するでもなくごく自然なものとして認知し得ない錯誤に陥ったというほかのない状態になっていたのだろうと、今になって、やっと得心がいった、と私は思おうとしている、と自己説得するに足る書を手にしています。

そう、それが『いつまでもデブと思うなよ』です。新聞広告等でご覧になっているかとは思いますが、確かに大幅なダイエットに岡田斗司夫さんは成功したようです。それも50kg!117kg→67kgとは!!!

しかし、岡田節は冴えており、説得的かつ、2007年の日本社会で生きることに関する啓蒙書でもあり、ダイエット本としての切り口も鋭利です。

「学歴重視の時代は終わった、これからは見た目重視時代だ」との言葉がオタキング・岡田斗司夫さんによって刻まれるとは・・・一億層中流社会から希望格差社会へ、横並びから格差へ、未曾有の体験をしている日本人に向けて、明示的かつ確かな視点を示すものであり、それを、徒に不安を煽るでもなく、闇雲に癒しに走るでもなく、ひとつの処し方を「デブで得をすることは何もない」という、悲壮感でも諦観でもなく、かつダイエットする自分を体験できる稀有な書といえます。

これは凡百の脳トレなりコミュニケーションスキルなり資産運用を凌ぐ、「確かな事実」のあっけない提示であり、オタクというライフスタイルのあり方に対しても、それが社会化されていく過程における、体験の書、告白の書であり、それが岡田斗司夫さんによって成し遂げられてしまったという事態に、私は、ただただ呆然とするほかないのです。良書です。

T.D.

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