紀貫之から現代に至る…
前回のエントリーで紀貫之について言及したので、補足をしますと…。あの当時から貴族の間では「具注暦」と言う漢文日記をつける習慣はありました。『土佐日記』の日記文学の嚆矢たる所以は、擬態(この場合、女性を装おうこと)とか手法(仮名文字での描写etc.)にあります。で、紀貫之が土佐守の任期を終えて京に向かう55日間を記したものが『土佐日記』となる訳でして、ここで言わば紀貫之は遊び心を発揮してみたのだと私は考えています。固定ハンドルでブログを書いている人の心理と通底するものを何か感じます。人間、そんなに変化するものではないのでしょう。
人間の心理・情動は多面的ですから、日記(『土佐日記』であれ、現代のブログであれ)に表現されたものは、その個人の一面を示すものでしかありません。私は特にユンギアンではないのですが、言わば一つのペルソナが顕現していると言う状態。文面等から人柄が滲み出ると言うことは有り得ますが、人間、誰しも闇を抱えています。ゆえに、謹厳実直を画に描いたような文章の筆者が何かとんでもなく背徳的な嗜好の持ち主だとして、何の不思議もない。その人の書く文章と本人の実像との乖離、は文学的にはしばしば語られるテーマですが、結局のところ、ブログで表現されているものも、その人の実存の一部でしかないという当たり前のことを長々と書いてしまいました。
T.D.
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コメント
素晴らしい意見です。
投稿 金時 | 2006年1月31日 (火) 12時43分
これは、マジです。僕の母の先祖は紀貫之です。
投稿 R | 2006年2月 8日 (水) 20時37分