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2005年12月

2005年12月19日 (月)

進化する、ブログ

fk_2000さんから、とても共感できるトラックバックを頂きましたので、もう少し敷衍して書いてみたいと思います。ブログの肝は、CMSによって大量のフィードが集積できるという点だと私は考えています。

結局、かの『土佐日記』であろうが、今、多くの人が書いているであろうブログであろうが、コンテンツとしての価値を認められたものが商業ベースに乗ったり、後世に遺ったりする訳です。その意味で、(拙ブログも含め)多くのブログは、コンテンツとしての商業性を持たない(可能性の方が遥かに高い)。

ただ、より重要なことは、これだけ多くの人が何らかの素材を元にブログを書いている。このフィードによる集積は大きい訳です。ここに、何らかの属性・嗜好性のフラグは立つ。これは間違いない。この蓄積を利用しない手はないだろうという話ですね。で、恐らく利用者サイドからしても、利便性が高い(かも知れない)サーヴィスは提供されることになるでしょう。まさに「ブームは去っても、ブログは進化する」のです。つまり、面白くなるのはこれからです。

まぁこれは「仕掛け手側」の論理であって、利用者は思い思いにブログを綴っていれば良い訳ですが、「仕掛け手側」からすればブログもSNSも顧客(可能性のある人々)に対するリーチを囲っておくために「使える」ツールである、と。で、私にとってはブログは趣味でしかないので、気が向いたときにつれづれなるままに気楽にやって行こうかと思っていますので、どうか皆様宜しくお願い致します(笑)。

T.D.

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2005年12月17日 (土)

ブログブームの終焉?

相変わらず紀貫之のことを考えています。土佐から帰任する(あるいは、した)紀貫之にどういう心境の変化があったのかは分かりませんが、ともあれ、諧謔の精神を持った、また、隠者めいた枯れた味を醸し出す作品は、世に出ました。55日間の「日記」は僅か数行の日もありますので、大部のものでは全くないのですが、作品として屹立しています。

さて、話は変ってここ数年に亘るブログの隆盛を見るに、これはもうそろそろ下火になるのではと、期待半分で思っています。ニフティが非会員向けにも「ココログフリー」を提供したりとISPサイドは何だか必死なのですが(それにしては会員向けには「フリー」よりも機能面で劣るサーヴィスを場合によっては有料で提供していて、キャッチアップさせるまでに来年3月まで要すると言うのは…「フリー」を極力早くリリースしたかったニフティの思惑があるのだろうと好意的にここでは解釈しています)、全体としてブログで収集できる情報が薄くなっているような気がしてなりません。

ネットのサーヴィスにはおよそ「賞味期限」が存在しています。あの「2ちゃんねる」もまだアンダーグラウンドな存在であった時には(そのモラリティに関する是非は別論)濃度ある情報があったように。これはもう郷愁かも知れませんが、パソコン通信の全盛時、もっと密度の濃い紐帯感が存在していたように思います。そのパソコン通信もニフティのフォーラム閉鎖によって、ネット寿命を終えようとしています。第1次ホームページブームも、知らない内に終息していたようなことが静かにブログでも進行しているのかなと。アタリショックではありませんが、意外と早くブログブームも終息するやも知れないと、何とはなしに思います。Web2.0というのは、詰まるところ、ネットの大衆化のより促進された状態なのでしょうが、ある種のサーヴィスの「賞味期限」が短期化されて、かつ、新規参入者の激増で、1995年あたりから喧伝されていた「情報革命」とやらは、単にネット界隈に人通りが増えただけだったのかと思う次第です。

T.D.

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紀貫之から現代に至る…

前回のエントリーで紀貫之について言及したので、補足をしますと…。あの当時から貴族の間では「具注暦」と言う漢文日記をつける習慣はありました。『土佐日記』の日記文学の嚆矢たる所以は、擬態(この場合、女性を装おうこと)とか手法(仮名文字での描写etc.)にあります。で、紀貫之が土佐守の任期を終えて京に向かう55日間を記したものが『土佐日記』となる訳でして、ここで言わば紀貫之は遊び心を発揮してみたのだと私は考えています。固定ハンドルでブログを書いている人の心理と通底するものを何か感じます。人間、そんなに変化するものではないのでしょう。

人間の心理・情動は多面的ですから、日記(『土佐日記』であれ、現代のブログであれ)に表現されたものは、その個人の一面を示すものでしかありません。私は特にユンギアンではないのですが、言わば一つのペルソナが顕現していると言う状態。文面等から人柄が滲み出ると言うことは有り得ますが、人間、誰しも闇を抱えています。ゆえに、謹厳実直を画に描いたような文章の筆者が何かとんでもなく背徳的な嗜好の持ち主だとして、何の不思議もない。その人の書く文章と本人の実像との乖離、は文学的にはしばしば語られるテーマですが、結局のところ、ブログで表現されているものも、その人の実存の一部でしかないという当たり前のことを長々と書いてしまいました。

T.D.

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2005年12月16日 (金)

つれづれなるままに…

紀貫之ではないですが、これが日本人の「日記」なんだろうなと思います。「Blog」と「ブログ」の最大の相違はそこにあるのでしょう。何かを検証したり論じたいからそのツールとしてネットを利用するというよりは、書きたいから書く、これです。それ自体が一種のカタルシスでもありますし、その内にテイストを解する「常連さん」が登場して、継続するうちにブログの方向性らしきものが見えてくる。そしてブログとして「立って」くる、そういうパターンは多く見られるように思います。これは、どちらが良い悪いという話ではなくて、私は、そこに「日本的なるネット環境」を見る思いがするのです。

決して大所高所の議論ではなく、もっと身近な趣味の世界で同好の士と語らったり、時には世情を語ってみたり…これは現代版『浮世床』だなと思います。ブログの社会的影響を真剣に検討する向きもありますが、『浮世床』での談義が江戸の庶民の言わば社交であり、同時に不平不満のガス抜きであったりすることと軌を一にするように思われます。だからどうしたという話ではないのですが、大昔(笑)、私がダイヤルアップ回線でパソコン通信を利用していた時代と比して、何が大きく変ったのか、一ユーザーである私にはピンと来ないのです。技術革新がネットに対する参入障壁を下げたことは事実としても、人間それ自体が大きく変化する訳ではないと言うことではないかと思います。ブログ界隈で起こっているある種のトラブルも、往年のパソコン通信でいつか見聞きしたような事例に適合できるものが殆どだったりします。敢えて言えば、自由度が高まっている分、無防備にweb上に何らかの痕跡を残してしまう人が相対的に増加しているのか、その辺ははっきりしたことは言えないのですが。

さて、私は旧ドメイン時代も含めてブログをつけ始めて1年余が経過しました。大半のブログユーザーは1ヶ月以内に更新を止めてしまうそうですから、これまで、長続きした方なのでしょう。まぁ尋常に考えて、特に語るべきネタがない限り、定期的に何かを書き続けるというのは、結構なエネルギーを必要とする作業です。つれづれなるままに日々の出来事を綴っていく…としてもそんな激動な日々を送っている人は少なく、激動な日々の渦中にある人はブログどころの騒ぎではないでしょうから、結果として、既に存在する引用元(時事ネタ)に対する雑感を述べるブログが多数を占めるのは当然の成り行きと言えます。

継続は力なりと言いますが、裏を返せば力が(どういう力かはおいて)あるから継続できると言えます。で、私はそろそろ力が及ばなくなってきたかなと思っていまして、そろそろ「撤収の季節」かなぁと思ったりしております。旧ブログは今は廃墟も存在しないので、「終わり方」は綺麗にした方が良いかな、とかココログフリーに素知らぬ顔して移転していたりとかするかもしれませんし、何だかんだ言ってここのドメインで不定期更新を続けているかもしれません。思えば、ネット上で様々な出会いがありました。今も元気に形を変えてweb上で表現されている方もいれば、ライフイヴェントを機にネットからは撤収される方もいらっしゃいます。人間が割けるリソースは有限ですから、諸般の事情でネットからは遠ざかる人がいるのも仕方のないことかと思います。それはそれで風雅なのですが、人生事情を垣間見る思いもします、と更新が怠っていることの言い訳を長々とさせて頂きました(苦笑)。

T.D.

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