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2005年8月19日 (金)

上野千鶴子という文体

フェミニズムについて、とても一つのエントリーでは語れないので、大幅に端折った書き方になります。また私の側に多くの誤解があるかもしれません。が、強引に書いてみますと…。

女性を解放する(非常に雑駁な言い方です)とすると、それは男性も解放されることになるのではないか?…と書くと言葉遊びみたいですが、私は予てから素朴に思っていて、どうやら、それは当たりらしいと感じたのは『女は世界を救えるか』(上野千鶴子著・勁草書房)を読んだ時でした。

人類学という学問は、それはエスノセントリズムでしょ、と研究対象にされてしまった側が研究した側を告発する、という事態を惹起していまして、その変数の一つを性差、いわゆるジェンダーととして捉えるとフェミニズムに至る、と私は大雑把に認識しています。何故ジェンダーが問題なのかという点が私にはしっくり来ないところもあったのですが、私に馴染みのマーケティングの世界ではそれはアラインメント、要は属性だな、と思うと分かるような気がしました。

…と書くと極めて分かり難いなぁと読み返して思った訳ですが、それが上記の上野さんの著書では極めて明解な論理展開で述べられています。上野さんの文章が何故読み易いかといえば、それは読んで頂いた方が早いのですが、私の備忘録も兼ねて書きますと、論理の展開と文章の叙述の間のギャップが感じられないという点ではないかと思います。

過度に学問的に難解に見える記述でもなく、過度に事象を単純化して分析してもいない。論理の構築としては無理がない絶妙のバランスです。論理を緻密に構造化しているのに読み易いのは、その論旨の全体構造が明確で、論理展開の中でも現に読まれている論理展開の位置が明解であるからです。文体模写しようかと考えたこともありますが、止めておきました。

文体を生み出すものは個人の資質に負うところが大きい、と言うと身も蓋もないのですが、一つ参考になることは、自らの関心領域を言語化する際には、当たり前のようですが語られる対象についての言葉を持たなくてはならないし、その関心が言葉に力を与えるのだ、ということだと思います。ゆえに、文体模写してみるかどうかはおいても、上野千鶴子さんの文体は探求に値します。

T.D.

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コメント

T.D. さん、こんにちは。

上野千鶴子さんについて語ろうとすると・・・。
緊張しますね。(^_^;)
上野さんの場合に限らず、インターネットでの発言は「Google」などの検索エンジンを通じて、本人に伝わる可能性がありますから。「な~にバカなことを書いてるの(フン)」と軽蔑されそうで怖いのです(汗)。

じつは上野さんの本も、それほど多くは読んでいません。
以下に数え上げてみます(順不同)。

『ナショナリズムとジェンダー』
『差異の政治学』
『家父長制と資本制』
『サヨナラ、学校化社会』
『国境お構いなし』
『うわの空――ドイツその日暮らし』
『ジェンダー・フリーは止まらない!』
『ザ・フェミニズム』
『ラディカルに語れば…――上野千鶴子対談集』
『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』

そのほか遥洋子さんの『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』も読んでいます。ちなみに最初に読んだのが『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』でした。

上野千鶴子さんに興味を覚えたのは、森巣博さんの『無境界家族』がきっかけでした。だから、わりと最近の話ですね(『無境界家族』は2000年の出版)。

T.D. さんの記事は「上野千鶴子という文体」ですか。
う~む、これまた軽々には発言できない雰囲気ですね。(^_^;)
というわけで、これに関してはいずれまた近いうちに・・・(なんて逃げてしまいました。スミマセン)。

投稿: 喜八 | 2005年8月22日 (月) 20時29分

喜八さん、こんばんはー。遅くなってしまいました。

そうなんです。上野さん、サーチエンジンで上位に上がっているものは読まれている可能性がありますね。個別の著作について踏み込んでお話しするのは私もちょっと憚られたものですから、文体の話に逃げました(^^;。
そういう事情ですので、お気遣い無用で、またお気の向くままにコメント頂ければ幸いです(^^。

T.D.

投稿: tropical_dandy | 2005年8月24日 (水) 23時47分

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» 『サヨナラ、学校化社会』上野千鶴子より引用 [喜八ログ]
オヤジは年齢・性別カテゴリーではありません。若くてもオヤジはいますし、女でもオヤジになります。つまりオヤジとは、この社会で既得権をもった人びとの別名です。 『サヨナラ、学校化社会』上野千鶴子、太郎次郎社(2002)より引用。 上野千鶴子。社会学者。日本における「マルクス主義フェミニスト」の第一人...... [続きを読む]

受信: 2005年8月20日 (土) 05時40分

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