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2005年7月23日 (土)

時代世話という名の時制

さて、江戸の町人が歌舞伎に仮託して鎌倉時代の話をアレンジして溜飲を下げていたという話までしました。この話にはまだまだ続きがあります。江戸の町人とて、昔話(「時代物」といいます)だけに興じていたわけではないからです。

歌舞伎は、通常、二幕(一番目・二番目)の構成です。これは異なる時制を持った演目が展開されていたことを意味します。即ち、「時代物」と「世話物」です。「時代物」が中過去形なら、「世話物」は現在形です。但し、「世話物」は様々な表現的制約を受けることになります。近松の『曽根崎心中』などがその典型ですが・・・この詳細は後に譲ります。

さて、話がややこしくなるのはここから。「時代世話物」というジャンルです。鎌倉が、江戸町人にとっては意外と近しい存在で、それを借景して溜飲を下げていたということはお話したものの、まぁ「遠い時代」であることは確かです。そして、同時に、武士階級も、同時代でありながら、「遠い存在」であった。

ふーん、では、ちょいとからかってやりますか。そのような背景から「時代世話物」は生まれます。現代(その当時)ではあり得ない組み合わせが、「時代世話物」では、あっさりと実現されてしまいます。江戸時代の町人、「遠い時代」、そして「遠い存在」の混淆・・・まぁそんなこんなで近松の太平記物を基にした『仮名手本忠臣蔵』が堂々上演、かなり危ない橋を平気で渡る興行、観客、それに目を瞑った振りをする幕府、こういうものが、私は大好きです。一言で言えば、粋ですね。

他の時制については気が向くに任せて書かせて頂きます・・・。

T.D.

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