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2005年6月24日 (金)

「定式」と「常識」

歌舞伎は四条河原でのストリートライヴに端を発しています。それが舞台に文字通り登場するのは先行する舞台芸術であった能楽の「舞台」にその表現の場を移すことによるものであって、歌舞伎の「定式」なるものが形成されていきます。

さて、「定式」は「常識」ではない。どういうことか、ご説明します。「定式」といえば「定式幕」です。現在、歌舞伎の「幕」は上手から「茶汲み(茶[=柿色]・黒・緑)」の色彩配列がなされています。これが「常識」ってもんよ・・・おっとちょいとお待ち!ここで既に「定式」と「常識」の混同が始まっています。

基本的には、歌舞伎は官許で、徳川幕府による許認可のもと三つの小屋で上演されていました。それ以外の芝居小屋は存在はしていましたが、幕府にオーソライズされたものではありません。

そして、いわゆる江戸三座と「見世物小屋」の様式の違いは「幕」に表れます。官許の歌舞伎は現代と同じく引き幕、それ以外は緞帳です。江戸時代の歌舞伎役者は決して人間国宝扱いされるような身ではなかったのですが-風紀上の理由で「官許」が必要とされていたくらいですので-「見世物小屋」に出演する役者は更にワンランク下の存在と認識されていました。

歌舞伎が「国民芸術」の地位を勝ち得るのは明治時代のこと。「定式幕」もその時点における森田座(後の新富座)の「幕」の「定式」であって、他の小屋では配列は異なります。で、これが現在の「常識」として認識されるに至る・・・と書くと混乱を招きそうですね(苦笑)。

では、核心に近づいていきましょう。「定式」のエッセンスは「一定の融通性が担保された様式」ということです。つまり「ごく簡単な決まりごと」です。融通が利かない硬直したものは表現を生みにくい。ゆえに「定式」という決まりごとの範囲でいかに融通を利かせるか・・・ここに歌舞伎の表現者たちは腐心していたというわけです。

これは「常識」(一般通念ということにしておきます)として「教養」を押さえておかなくてはならない・・・即ち「知識として芸術を理解する」態度であって、「芸術を体感する」こととは大きく異なります。

「定式」はごくシンプルにして融通を利かせる。その一方で頑なに「定式」を守る。こんな二律背反なせめぎ合いの中で熟成されていったものが現存する歌舞伎に他なりません。自由のないところに表現は生まれない。他方、制約のあるところで表現が紡ぎ出される。

恐らく、ほとんどの表現はこうして生まれているのですが、まずは歌舞伎を-「教養」としてではなく-生きた表現として体感するところから「歌舞伎体験」は始まると思います。

T.D.

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